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2011年8月13日土曜日

お出かけ

今年は順一の父の初盆。
今日から帰るか、明日の朝早く出るか、ぎりぎりまで迷って、今日の午後から帰ることにしました。そうなると犬達を連れていかないといけないので、2ヶ月ぶりにシャンプーです。
順一は刈った草を燃やす仕事があるので、シャンプーは私一人で。
いつもならお風呂で洗うのですが、今日はお天気もいいし、夏だし、初めて外で洗うことにしました。
パルも、モリーも水でのシャンプーに嫌々でしたが、シャンプーをした後の爽快感は快適だったようで、ご覧のとおり。パルは、お日様の下で毛皮干しです。
いつの間にか二人とも熟睡。
そしてケージに入れられ、宮崎まで。
一般道は、信号停止などで車が揺れるので、大変です。
家から20キロほどのところにあるスーパーにつくまでに既に2匹とも嘔吐し、グロッキー。
それがわかっていたので、朝から何も食べ物は与えていないのですが、ごめんね〜。
モリーのほうが神経質なので、パルより大変なようです。
パルも大変なのですが、車に乗った経験が多いので、じっと耐えのポーズを会得しております。笑

2011年5月29日日曜日

台風一過にカニステル

台風2号が通過した影響で、木護も強い風です。
順一はそんな強風の中、子供のようにパルと遊んでいました。

「お父さん、この風では目が開けていられません〜」
パルは毛が長いので、風の強いのがよくわかりますが、モリーだとどうかな?

これはレアちゃんがお土産にくれた沖縄の果物「カニステル」
一週間位置いてから食べてと言われたので、まあアボカドのような物かな〜と想像していましたが、これが、、、、。
もっとマンゴーのように柔らかくなったころがたべごろのようで、結局切るのが早すぎて、渋柿みたいな味しかしませんでした。(涙)

しばらく外で干してみましたが、柔らかくなる前に腐ったみたいになって、あ〜〜〜〜。
「カニステル」味わい損ねました。(涙)

2011年3月21日月曜日

里帰り

お彼岸のお墓参りをかねて、実家に預けてある荷物を取りに帰省してきました。
実は昨日からまたマヤが来ています。

我が家に居た時から、これから後どうしたら良いかと相談を受けていましたが、何とも答えようがなく、大使館が発する情報や、震災後の状況の変化を伝えるニュースを参考に自分で判断しなさいとしか言えませんでした。
でも先日静岡で地震があってから、これはもう何がおこるか予測できないので、出来ることなら日本を離れるようにメールしました。

ルーバはご両親の勧めもあって日本から出国し、クアラルンプールに向かいましたが、マヤは比較的安全な九州にとどまり、しばらく様子を見ようということにしたみたいです。それでまた我が家でウーフすることになりました。

キッサナーは19日から熊本市内のお友達のところに行っていますので、順一の負担も軽くなるだろうとマヤも連れて帰省することにしました。

宮崎の実家に帰ったら、初めての外国人女性のお客様ということで、みんな楽しみにしていたようです。特に弟は、いろいろ質問攻めにしたようで、グーグルアースでマヤの実家や大学まで見つけたようです。

姪っ子たちも遊び相手が出来て大はしゃぎ。小学二年になる姪は、臆すること無く日本語でやり取りしていました。(笑)
一ヶ月に一回学校で英語のクラスがあるようですが、そんなものでは会話など出来るはずも無く、おまけに「学校の英語の授業は嫌い」というのですから、どうなることかと思いましたが、マヤと体を動かしながら、動作とともに楽しく英語に親しめたようで、最後には「oh~ my 」が口癖になっていました。(笑)

「英単語を知らない、英語が出てこない」という姪っ子に「わからなくても、一生懸命お話ししようとする気持ちが大事なのよ。黙ってたらマヤも寂しいでしょ。」というとニコッとしていました。

これからも機会があったらウーファーの子をつれて帰りましょうか。(笑)

6月に一歳になる甥っ子のために、幟旗用のポールをみんなで立てました。


マヤ また遊びに来てね〜。もうすぐ3歳になる下の姪っ子は、マヤと遊んでもらうと大はしゃぎでした。
帰路、えびのパーキングエリアから霧の中にあるはずの新燃岳を撮るマヤ



21日は高千穂経由で宮崎へ。途中天岩戸神社を見学。天安河原で。
マヤはこれから親戚の居る長野へ行きたいと言っていましたから、天岩戸が飛んで行った戸隠神社に行くように勧めました(笑)

2011年1月24日月曜日

へとへと、熱も少し、でまた雪

19日から23日まで、またまた順一の実家の片付けと、亡くなった義父の50日祭のため帰省。
パルもモリーも当然同行。ごめんね〜、きつかろうね〜。

タイからのウーファージャイレック君は、知人のところに預かってもらい、23日は菊池の軽トラ朝市で自慢のギターを披露してくれたはずです。報告を聞くのが楽しみです。

ところが、連日の片付けと長距離運転移動に順一も私も疲労困憊。前回はそんなに感じなかったのですが、帰宅したら家も深々と底冷えしていて、薪ストーブをたいてもちょっとやそっとでは暖まりません。夕べは夕方7時頃帰宅したのですが、体調も悪く、食欲もなかったので8時過ぎには布団の中へ。ところが布団に入っても一向に暖まらず、深夜2時くらいまで布団の中で震えていました。関節も痛いし、インフルエンザでないといいのですが、、、。微熱があるようで、体中がギシギシ言ってます。は〜〜〜〜〜〜。

パルもモリーも今朝はとてもお疲れのようで、私たちが起きても、自分の小屋から出てくる様子がなく、心配になって9時前に声をかけたらやっと起きてきました。ご苦労さんでした。

何だか最近の風邪は、高熱が出ないものの関節が痛んだり食欲がなかったりという人を良く聞きます。インフルエンザではないまた別のウイルスが流行しているのではないかと思ったりします。

22日には、またまた宮崎で鳥インフルエンザの報告。それも口蹄疫の流行したエリアと同じところ。牛、豚についで今度は鳥も居なくなるのかな〜。宮崎は毎月20日は一斉消毒の日とか言ってるのに。不思議です。

実家の母が、インフルエンザの予防接種はしたのかと聞くので、してないよ〜と答えました。かかったら大変なことになると心配してくれますが、その時はそのとき。運良く生き延びられれば、体中高熱でデトックスで来て、しっかり抗体も出来たということだろうし、生き延びられなければ、それはそれ運命です。小さい子供を持った人には酷な話だろうと思いますが、実は私は子供の頃「はしか」にかかったことがなくて、予防接種を受けたのですが、40代になってはしかにかかり大変な目に遭いました。予防接種してもそんなもんです。

そして、かえって来たら今朝からまた雪。不在中は暖かかったようで夕べは地面も見えていたのですが、また白くなり始めました。
酷暑の夏と,厳寒の冬、来年からはもっと考えないと。

2010年9月29日水曜日

豊かさが奪っていった物

朝から水道の復旧にかかろうと思ったが、順一のお疲れ具合を見て午前中は寝てもらった。
午後は、水道復旧時に持っていく資材を切ったり、道しるべを作ったり。
この際、冬に凍結して水漏れしていた水道管も自分達で補修してみることにした。

もう一週間、蛇口をひねったらさっと水が出てくる生活から遠ざかっている。
水が必要な時は、誰かのお家にもらいに行ったり、重いかごを抱えて家の前の小川で食器を洗ったり洗濯したり。時々かえるとかカワニナとか落ち葉とか流れてくるので、潔癖症の人には耐えられないかもしれないが、私は塩素臭のする水より体にいいと思っている。塩素で消毒したからと言って微量な重金属まで除去できるわけではないし・・・・、雑菌を体に取り込むことで抵抗力も育つだろう。笑

手間は掛かるが、冬ではないのでお風呂以外に特に支障もない。
もう2,3日復旧が遅れたからといって特に不満は無い。

茶碗を洗いながら、昔の人はこんなことから忍耐とか知恵とかを学び取ったのだろうなと思った。
確かに手間がかかる。だからきっと食器もそんなに汚さなかっただろうし、水も大切にしただろう。
流れてくる水の具合で、上流の様子を推測し、何か異変が起こっていないか察知する。
常に頭を使い、自然からのメッセージから何か特別なものを感じる能力も高かったことだろう。

誰かが掲示板で書いていたが、今年は昆虫がとても低く巣を作っているそうだ。
その人はすごい大きな台風が来るのではないかと心配していた。
人間で春先にこんなこと推測して、農作業の準備やもろもろの暮らしを組み立てた人がいただろうか?

自国の経済が信じられないといって、自分の資産は全て金に投資していると自慢げに言った人がいた。
あらゆる金融体制は、金本位制から出発していると確か昔習った。笑 
ということは、今の金融体制そのものの価値観が崩れたとき、金に投資したからといって暮らしに困らないとは私には思えないのですが。
それに今はレアメタルのほうがもしかしたら金より貴重かも知れない。笑

豊かさの中で、考えることを忘れ、知恵を失い、みんな短気になり、地球は滅亡に向ってる。
[豊かさと幸せとは違う] こんな当たり前のことに早く気づかないと。

私は、土地を持ち、食べるものを育てたり、見つけたりする知恵を学び、そんな知恵を授けてくれる人や生きる勇気を与えてくれる人とのつながりを大事にして経済の崩壊に備えているところです。

そして今回の水事件で、五右衛門風呂を早く作らなくては~と思いました。笑

2010年9月23日木曜日

荒天

女心と秋の空(男心と秋の空と言う時もあるらしい 笑)というが、昨日からすごい天気である。

21日までは、穏やかな天気だったのに、昨日は一日中雷がなり続け、今日も朝から小雨交じりの強風が続く。

猛暑の影響か、今年は彼岸花が彼岸に咲かないとラジオでいっていたが、言われてみると今やっと茎が伸びてきたところが多い。レンギョウや木蓮など春に花を咲かせる木も今蕾をつけている。

今年も厳しい寒さなのだろうか? 寒暖の差の大きな気象が続き、何をいつ植えたらいいのか、生育の目途も立ちにくくなっている。

明日の朝は、14度だそうです。急に晩秋になった気分です。

そんな中 水道の復旧の目途が立たない我が家では、川でお茶碗を洗ったり、洗濯したり。
ガンジス川に見立てて、沐浴もやっちゃいましょうか 笑

2010年9月22日水曜日

大丈夫?

パルとモリーの散歩をしていたら、集落の最長老「おちえさん」95歳が、道にたたずんでいた。

どうかしたのかとたずねると、息子夫婦の車があるのに誰もおらず、近くの親戚を訪ねたが、ここも誰もおらず、何かあったのではないかと心配しているとのこと。

しばらくおちえさんと話していると、親戚の人が帰ってきた。
おちえさんは足が悪いので、変わりに聞いてきてくれと言うので、様子を訪ねていたら、急に雨が降りだした。これは大変とばかり、おちえさんを促して彼女の家に帰ろうとしたのだが、両手にはパルとモリー、さてどうしよう?でも雨脚は強くなるし、このままおちえさんのスピードで歩いていたらずぶ濡れになるかもしれないと、おちえさんをおんぶしようとしたのだが、地面に屈んだ瞬間、「まずい! 腰が・・・・。このまま彼女をおんぶできるか? 途中で転んだらかえって大怪我になるかも」何て感じになった。

おちえさんも遠慮されたし、ちえさんの家に着くまで、ちえさんの体を自分の体で傘のように覆って、何とか彼女の家までたどり着くことができた。何とか雨脚もそう強くならず、やれやれ

それでも、ちえさんの洋服はだいぶ湿ってしまい、本人も風邪が抜けきっていないので、胸がぜーぜーするのだと言っていたので、こじらせたら大変。一応着替えをしてもらったが、彼女も「行かざったらよかった。」とこぼしていた。ははは

ちえさんは95歳 私より44歳も年上なのに、今でも畑で働くし、杖があればぼちぼち歩きもする。家の中では杖は使っていない。歩けなくなったら、お迎えがちかいのだというが、ひょっとしてちえさんより私のほうがお迎えがちかいかもと感じるくらい、筋力の低下を感じた今日でした~。

それにしても ちえさん 風邪ひかないでね~。

2010年9月14日火曜日

う~寒!

12日、13日と冷たい雨がふり、凌ぎやすいを通りこして、今朝は寒かったです。

突然今日から秋モード。朝方パルに「う~、お日様あったかいね。」と思わず声をかけてしまいました。

昼間は、麦や菜種を虫干ししたり、明日からのボランティアの受入の準備をしたり。バタバタしてました。

朝夕は寒くても、昼間は結構温度が上がってくれたので、お陰で稲の生育は順調なようです。
このまま収穫まで、無事に行きますように。

先日、屋久島の山尾三省記念会から、今年のオリオン三星賞応募作品を収めた冊子を送っていただいた。

詩人であった三省さんを偲び、屋久島の若い人たちに詩に親しんでもらおうと企画された賞である。
今年で5回目になる。屋久島の小・中・高校生のほとんどが参加している。

自分の若い頃を思い出しても、詩で自分を表現しろと言われても、全く文科系の才能が無く(理科系が得意と言うわけでなく、文科系に全く才能が無かったので、理科系に進んだ私です。笑)、そんな無理難題を言われても~という記憶しかない。
参加者の多くもたぶん私と同じかな~と思われるような、とにかく何か書けと言われたから書きました。という波動が伝わってくる作品が多いような(笑) 

でもそれはそれでいいのかも。
他の誰でもない自分が、振り返ればいいのだ。
あ~このころこんな詩を書いて出したんだ。恥ずかしい~。もっとましなもの書けなかったのか?とか、
本当はあの時とっても書きたかったことがあったんだけど、それは心の中にしまっておきたいから、とりあえずこれを書いたんだよな~とか、これまで生きてきた自分を愛する材料になる。

今年の冊子に載ってた三省さんの詩から

夕日

一日の畑仕事を終えて
妻とお茶を飲んでいると
右の後頭部が妙に明るかった
振り返ってみると
山の端に今や沈もうとしている太陽が
神の瞳のように明るく輝かしく そこにあるのだった
「ああ いい夕日だな」と私はつぶやいた
「そう いい夕日」と妻は答えた
明るく輝かしい夕日が沈んでいってから
妻は晩御飯の仕度にかかり
私は豚の餌をもらいに一湊(いっそう)の町へ下った
神よ
全ての農夫農婦の胸に
明るく輝かしい夕日が沈んでいきますよう
神よ
農業が愛されますよう
               山尾三省 詩集 「びろう葉帽子の下で」より



今日の夕日は思い出せないが、今朝の空は、どこまでも青く一つの曇りもなかった。
いつでも今朝のあの空のような心でいられますように。

ところで、小学校とか中学校を卒業する時に、よく卒業文集というのを作る。
実は私は小学校(たぶん、中学校じゃなかったはず~)の卒業文集に自分の作文が載っていない。
確かに書いた覚えはある。いやいやながら(笑) 
で先生が間違いありませんか~?とゲラを皆に回して確認されたことまでも覚えている。
その時なんと私の書いた作文は載っていなかった。
先生のすごい意地悪!と思ったかな~。
自分の記憶をさかのぼると、「先生 私の作文が載ってません。」と言うとかえって注目を浴びそうで嫌だったことと、自分の下手な作文が載っていなくて何だかほっとした気分と、そして自分が担任を務めるクラスの子供の名前すら確認しないで、ゲラをまわした先生に対しての反抗心もあって、結局何も言わなかった。
先生を試したのである。

結局そのまま文集は刷られ、卒業しても先生は何にも言ってくれなかった。

あの先生は、今でもご存命だろうか?
あの時は、とても複雑な思いを味わったけれど、今では先生を責める気持ちも無い。
これまで生きて来て、その時の先生の忙しさや心の疲れも何となく理解できるような気がする・・・。

でも、何も言わない子供が、感性が鈍いのではないし・・・・。
まあ、私の場合、あの時を思い出す度に、懐かしく振り返れるまで、心の成長ができたことがうれしい。

それにしても、このごろパルとモリーが毎晩吠えまくる。
ひどい時は深夜まで吠え続けている。
きっとイノシシが出没しているからだろう。

小心者のモリーはず~っと吠え続けているが、パルは途中でやめる 
「モリー 俺もう咽が痛いけんやめる。後は任したから。お休み~」って感じ 笑

番犬ご苦労さまです。

2010年9月12日日曜日

村の共同作業

毎年6月と9月に、県道から集落に通じる4キロほどの道の草刈りを集落の全戸でします。
一応市道なのですが、あまりにも小さい道ですし、そんな小さな道まで市の援助は行き届かないので、集落でやらざるえをえません。 市街地に通じる道はこの道一本しかないので、集落の生命線ともいえます。

住人も少ないし、皆の収入も少ないので、都会のようにお金で済ますと言うわけには行きません。
皆一所懸命です。生活そのものがかかっていますから。

集落の皆でこんなに大事にしている道なのに、行楽シーズンになると、域外から穴場とばかりにやってきて、離合場所に路上駐車されたり、楽しんだ後のごみを持ち帰らず捨てていく人達もいて、自分だけ良ければいいと言う行為に、心が寒くなります。
こんな人たちは、自然に癒された~と思って帰るかもしれませんが、本当の癒しとは何か深く考えることは無いのではないでしょうか?そして、すぐまたストレスがたまったと言って、森にやってきて同じ行為をくりかえすのだろうと悲しくなります。

作業が終わった後は、お昼ごはんを兼ねた飲み会になります。
あそこがこうだったから、来年はこうしないといけないとか、だれそれの刈り方が上手とか下手とか(笑)、刈り払い機の使い方、性能の比較とか・・・・。そして集落の懸案事項になっていることの意見を出し合ったり、娯楽と言う娯楽がありませんから、年に何回か村の衆で飲んで語る大事な時間です。
村の歴史やここに引っ越してきてから疑問に思っていたことも、こんな機会に知ることができます。

仕出しのお弁当をとってもいいのですが、何だかどこの味も似たりよったりで味気ないと言う思いと経費の節約のために、この何回かは私が手作りしています。
男衆11人分のお料理は、結構時間がかかりますが、村のみなさんとコミュニケーションが取れるいい機会だと思って取り組んでいます。

いつもは会社勤めの息子の替わりに80近いお父さんが役を務めたりすることもあるのですが、今回は皆現役世代の参加で、話も盛り上がりました。いつまでもこんな会がもてるといいですね~。

ここ何日か、気分が乗らなかったので、今日の料理の仕度も今朝方までかかってしました。
夕食が終わって、眠さと疲労にぐったりしてしばらく横になっていました。
眼が覚めたら、とっても長く眠っていたように感じたので、深夜かと思ったらまだ8時半でした。
久しぶりに「眠ったな~」という感じです。何かかえって悩んでいた事が良かったような、そんな感じでした。

2010年9月6日月曜日

インターネット回線

パソコンが熱暴走したりして、調子が悪いのでこのブログも写真無しなのですが、夕べ順一がふと「これってパソコンのせいだけかな~。回線がぶちぶち切れるよね~?」
といったので「!!!!!!!」と来た私。

昨夜久しぶりの雨が降り、クールダウンしたから今朝はきっといいはずと思ってパソコンの前に座りました。

やっぱり回線の調子がいいです。スムーズに行くのでパソコンもそんなに熱くならないみたい。

インターネット回線の有線もこの暑さで、おかしくなっているのではないでしょうか?それと5年目を迎えたパソコンとの不具合が相乗効果になって・・・・。

おっと~、この隙に順一が県に提出しなければならない重要書類を仕上げてしまわないと!

2010年9月2日木曜日

健康診断

今日は年に一度の健康診断
朝ごはんが食べられないので、おなかをぐーぐーいわせながら、検診会場の菊池養生園へ。

今日は菊池市でも辺境(笑)の地域の割り当て日なのか、去年割当日にいけなくて相当混雑していたのがうそのように、受付は少々時間がかかったものの、後はスムーズにいきました。

お医者さんの検診も、いつもは聴診器を4,5箇所あてて、「ハイ問題ないですね。」のほんの30秒なのですが、今日は結構お話しました。 笑 
というのも私の脈が40台(40歳代ではなく、一分間に40数回 笑)の結果だったので、先生のチェックがはいったのです。

いつもはどのくらいですか?ときかれても、そんな脈とか測ったこと無いし~。昔ジムでエアロビクスとかしてた時は60台くらいだったけど~。

でもどうして?そんなに少なかったんだろう?
後で考えたら、私、心電図をとってもらう時にあることをしていたのを思い出しました。

もしそのせいだったら、すご~い。 やっぱ効果あるんだと再確認しました。

検診結果が届くのは一ヶ月半ほど後なのですが、何せ8月25日~31日まで山の下草刈りをして、いい汗をたっぷりかき、究極のデトックス(毒だし)を済ませた後だから、きっと結果はいいに違いありません。笑

ただし、おいしい空気を吸いすぎて去年より5キロも太った人が近くにいます。きっとデトックス後の焼酎がおいしかったに違いありません。笑

2010年3月18日木曜日

BEFOR &AFTER

2ヶ月半ぶりに、ママさん床屋開きました。(笑)

開店前














お客さまお一人仕上がり~。














ちなみにフィリップさんは、2日に一回ほど、お風呂で髭剃りの要領でさささっと仕上げられます。
匠の技です。(笑)

2010年3月10日水曜日

また雪が~ (SNOW AGAIN!)

夕べ深夜から降り始めた雪が、今朝7時には10センチほど積もっていました。
風も強く、まるで地吹雪の中にいるみたいです。

私たちは、外に出かける用事もないので、のんびりしていましたら、仕事に出かけた人から、夕方帰れなくなるかも知れないので、市役所に除雪を要請してくれとの電話がありました。

集落内に病人も発生しているみたいです。
市役所に電話しましたが、この大雪と年度末で、ブルドーザーの手当てもなかなかうまくいかないようです。
ふ~む 夕方までに解決できるでしょうか!
                                                                                         
 














お昼から、ブルドーザーで雪をよけた後に、融雪剤をまいていきました。
またもスイスからの助っ人です。














でも4時くらいからまた雪が強くなりました。
明日は雪が上がってるかな~。

2010年1月26日火曜日

久しぶりの集落散歩、そしてモンゴル通信

今日は久しぶりに集落の中を歩いた。
集落内移動は基本的に徒歩と決めている私は、歩きながらいろいろなことを見つけることに喜びを見出している。

寒い寒いと思っていたが、枯葉をめくると小さな春の芽がのぞいていたり、小鳥の声がいつもと違っていたり。とてもとても大好きな時間です。

昨年末から今年にかけて、電線にかかる樹木の剪定が業者さんの手で行われた。
秋に担当の人が現況をチェックし、切り倒したり、枝を落とす必要がある木については、印をつけ、木の所有者に了解を得るという作業をされていた。

下の写真はその中でも樹齢の古い木で、どんなものにも神が宿ると考えている人たちは、こうやってお払いをして、神に許しを得ることを忘れない。
私もこちらに来て自宅周辺の日当たりを良くするために何本も木を切ったが、そのたびにお神酒を上げて神様に許しを得た。
誰に言われたわけでもなく、ただただそうしなければならないと自然に思わせられる、木護はそんなところです。






































今日は、青年海外協力隊の隊員としてモンゴルに行っている後輩からメールが来た。
ネット環境が整っていないので、月に一度くらいしかメールを送る機会がないみたいですが、私たちが作っているNPOに寄稿文を寄せてくれるよう依頼していたので、その原稿を送ってくれた。
内容は、NPOの機関誌で詳しく掲載するつもりです。
それにしても、毎日零下40度の世界で、よく強く生活しているものだと感動します。
「物が無くて、時間がたっぷりあるということは、人に創造の喜びを与えてくれます。」
彼女のレポートから・・・・。
モンゴル行ってみたいな~!もちろん夏ですが(笑)

2010年1月12日火曜日

ついに達成!

ついに達成しました。
走行距離「111、111キロ」
10万キロの時に写真をと思っていたのですが、ついつい撮りそびれて・・・。
そしたら今日コンサートの帰りに「光の森」あたりでついに「愛」の6並びを達成しました。
お昼ごろ助手席に座っていたステファンに、「絶対見過ごしたらだめよ~!」
と念を押しておきました。

素敵なコンサートの後で、私自身がすっかり忘れていたのに、ステファンはしっかり覚えていてくれて、
ありがとう!

私と順一、ステファンにアデル、ジェシンタと不思議な組み合わせの5人が乗っていた時に達成するなんて予想もしていませんでした。
ステファンもアデルもジェシンタもたくさん愛を与えてくれています。本当にありがとう。

新車で買って8年、エコカー減税のCMの盛んな今日この頃ですが、あと10年は乗ろうと思っています。
エコじゃないでしょうか? 本当にエコじゃ無いでしょうか? 
次回は「123,456キロ」のシャッターチャンスを逃さずに撮ろうかな(笑)

2009年11月14日土曜日

李政美さん コンサート

今日はNPOの設立1周年記念の日です。
まずまずここまでやってこれてよかったな~と応援して下さった皆さんに感謝しています。

今日は菊池川流域プロジェクトのお話会もある日なのですが、その日程を聞くよりも先に私の好きな李政美さんのコンサートが豊前であると聞いていたので、前からどうしてもどうしても聴きたかったので、そちらを優先させていただきました。ちょんみさんの歌を聴いてくだされば皆さんわかっていただけると思います。

往路は387号線を使い中津まで行きました。
菊池渓谷から中津まで紅葉をずっと楽しみながらドライブできるなんて最高でした。温泉もたくさん。うちから車で一時間圏内にはこんな素敵な場所がたくさんあります。
中津で友人と待ち合わせていたので、待ち合わせ場所のイオンモールで少し早めの昼食。おにぎりだけ作って、後はジャスコでお惣菜を買っておかずにしました。どこで食べようか迷ったのですが、結局こんな目立つ場所で食べました。
最初は少し恥ずかしかったけど、途中からはパフォーマンス気分です。通り過ぎる人が物珍しげに見ていくのが面白かったりして。(笑)
以前は県立芸術劇場のレストランにお弁当を持ち込んで食べたこともあります。レストランの太っ腹に感謝してます。(多謝)














実はちょんみさんの生歌を聴くのはこれが初めてです。
でも思ったとおり、とても素敵なコンサートでした。
「ありのままの私」、「遺言」、「あなたの墓のそばに」どれもみなとても心洗われます。




























私の好きな山尾三省さんの詩にも曲をつけて歌っていらっしゃいます。
今日は厚かましく持参の三省さんのCD「火を焚きなさい」にもサインしていただきました。
ちょんみさんは正木高志さんファミリーとも交流があり、木護にも何度か来られた事があります。
木護から来ましたと申し上げたら、まあそんなに遠くからと感激してくださいましたが、宮崎の実家に帰る時間の半分でついてしまうので、全然苦にはなりません。それに途中の紅葉も見事でしたから。(笑)




















ちょんみさんのHPにある歌詞を少し紹介します。

ねがい
作詞・作曲 李 政美


 


心のまんなかから
あふれだす言の葉が
すべてのものに宿る音
つかまえてくるように
真実(ほんとう)の歌 生まれますように

この歌がもっと深く響きますように
この歌がもっと軽やかに踊りますように
この歌がもっと自由に羽ばたきますように

小さきものの悲しみ
弱きものの痛み
傷ついた大地の上に
きれいな花 咲くように
声よ染みとおっていきますように

この声がもっと深く響きますように
この声がもっと軽やかに踊りますように
この声がもっと自由に羽ばたきますように

あなたの心に 
そっと届きますように


ありのままのわたし
作詞・作曲:李政美





灰色の心に似合わない服着て
うつむいて歩いてた昨日の私
凍りついた翼 心を縛る呪文
ひとつひとつ解いてあげよう

ありのままの自分を愛しさえすればいい
ほら、心がこんなに澄んでくる
ありのままの自分を愛しさえすればいい
ほら、目に映る世界は新しい
ありのままの自分を愛しさえすればいい
ほら、すべてのいのちがいとおしい

誰も信じられずに暗闇の中さまよっている
明日はきっと生まれ変われる

ありのままの自分を愛しさえすればいい
ほら、心がこんなに澄んでくる
ありのままの自分を愛しさえすればいい
ほら、目に映る世界は新しい
ありのままの自分を愛しさえすればいい
ほら、すべてのいのちがいとおしい

【ちょんみのコメント】 30を過ぎて、子持ちの在日の女3人で結成したパンドでうたうために生まれてはじめて作った歌。詩も曲もなんとも椎拙だけど、愛着がある。これもありのままの私、とひらきなおってしまおう。

※アルバム「わたしはうたう」所収


祈り
作詞:山尾三省 作曲:李政美




南無浄瑠璃光
海の薬師如来
われらの病んだ心身を癒したまえ
その深い 青の呼吸で 癒したまえ

南無浄瑠璃光
山の薬師如来
われらの病んだ欲望を 癒したまえ
その深い 青の呼吸で 癒したまえ

南無浄瑠璃光
川の薬師如来
われらの病んだ眠りを 癒したまえ
その深い せせらぎの音に やすらかな枕を 戻したまえ

南無浄瑠璃光
われら人の内なる薬師如来
われらの病んだ科学を 癒したまえ
科学をして すべてのいのちに奉仕する 手だてとなしたまえ

南無浄瑠璃光
樹木の薬師如来
われらの沈み悲しむ心を 祝わしたまえ
その立ち尽くす 青の姿に
われらもまた静かに 深く立ち尽くすことを 学ばせたまえ

南無浄瑠璃光
風の薬師如来
われらの閉じた呼吸を 解き放ちたまえ
その大いなる 青の道すじに 解き放ちたまえ

南無浄瑠璃光
虚空なる薬師如来
われらの怖れ乱れる心を 鎮めたまえ
その限りない 青の透明に 鎮めたまえ

南無浄瑠璃光
大地の薬師如来
われらの病んだ文明を 癒したまえ
その深い 青の呼吸の あなたご自身を あらわしたまえ

オンコロロ センダリマトウギ ソワカ

【ちょんみのコメント】 1994年に詩人の山尾三省さんとの出会いから生まれ、もう人前でうたうことはないだろうと思っていた私に「うたいたい!」という気持ちを呼ぴ戻してくれた歌。うたのはじまりは“祈り”だったのかもしれない。

※アルバム「わたしはうたう」所収















最後に、こんな素敵なコンサートを企画してくださったNPO法人築上豊前教育相談所・研究所の皆さんに心から感謝します。会費無料のコンサートですから、地元の方を優先されて当然なのに私の希望を快く聞いて下さり、こんな素敵な機会を与えてくださって本当に心からありがとうございます。

11月29日には、福岡大名でもコンサートがあります。詳しくはちょんみさんのHPで。
お近くの方もそうでない方も、良かったら是非お出かけ下さい。

そして史ちゃん・ラビちゃん、チコさん、オトさんお話聞きにいけなくてごめんなさい。
みんなの分までちょんみさんの歌聴いてきたよ。ありがとう。

2009年11月9日月曜日

神様の抜き打ち試験

集落のシンボル「ねずみ山」の紅葉がきれいだったので、ちょっくら菊池渓谷までドライブ。
渓谷の近くに住んでいるので、土日や祝日に出かけていくような、危険なことはいたしません(笑)。

もう少しきれいかな~と思って出かけたのですが・・・。シーズンもお終いかな。














帰って仕事に取り掛かろうと思ったら、ホウジロ?が元気付けにきてくれました。














お昼休みにねずみ山をパチリ!
ねっ!「ねずみ」の形に見えるでしょ!
錦をまとったクールなねずみです。

あ~ いいカメラが欲しい!
誰か「もっといいやつ買ったけん使いなっせ!」って無償でデジカメ譲ってくれる人現れないかな~。














ひとつ反省があるので、書きます。

今日はこんな山深い所にある私の家に、たくさんのお客さんがありました。
その中に大分ナンバーの軽自動車に乗ったお魚屋さんがありました。
午後の休憩を取っていたら、突然家の前庭まで車を乗りつけ、「こんにちは!」ときた。
パルもモリーも不審を察知する暇も無いくらいす~っと家の前に入ってきて、庭に車を乗り入れた。

納屋から家に至る道はもちろん私道です。路肩がゆるく、自分たちでも車を乗り入れない。汲み取りのバキュームカーとガス屋さんだけは生活にどうしても必要なので、仕方がない。
そんなに気を使っているのに、初対面の人が無遠慮に入ってきたから、ムッとなった私は、相手に車から降りる隙も与えず、「ここに車を入れて欲しくないんですけど!」と紋きり口調で伝えた。
おじさん(といっても私よりたぶん若い 笑)は「はっ!すみません」と行ってあわててバックし、そのまま走り去った。
帰ってくれば、話くらい聞いたのに。

お魚屋さんが帰った後、仕事をしながら考えた。
あんなに遠慮無く入ってきたのは、きっと昔ここに来たことがある人に違いない。
そうでなかったとしても、山里の人はこれくらいの行為は別に気にすることもないのだろうと思った。
彼にしたら、この家の人は難しい人だな~と思ったことだろう。

私も今だからそんな対応をしたが、これが年を取って車にも乗れなくなった時に、塩を売りに来た人だったらどうだろうと思った。「や~待っとったとよ。今日はどのくらい分けてくんなさるですか?」とこんな山奥に行商に来てくれる人を心待ちにしていたかもしれない。

やられた~と思った。また神様から抜き打ち試験をされたんだ。
「和恵~ 私が今まで何百回いや何千回試験をしてきたか、もうそろそろ試験の勘どころくらいわかっておると思っておったが、まだまだじゃの~。お前の心はまだガチガチじゃ! お前が私の元に還ってくるまでには少しはフカフカになれるかの~。」

魚屋さん!これに懲りずにまた来てね。ただし買えるかどうかは品物次第です。(笑)

私に代わって反省のポーズ(笑)

2009年11月1日日曜日

名曲の花束

今日は、以前から楽しみにしていたクラシックコンサートに出かけました。
お天気も雨なので、外での作業は出来ませんから、お陰で心置きなく出かけることが出来ました。(笑)

ブルガリアを代表する弦楽オーケストラ ソフィア・ゾリスデンと、アイザック・スターンが「真の才能」と絶賛したミラ・ゲオルギエヴァの共演です。

といかにも通のように書き出しましたが、どちらもこれまで聴いたことはありません。(笑)
でもアイザック・スターンのバイオリンだけは、宮崎室内楽音楽祭で5年ほど聴き続けましたから、彼が絶賛したというバイオリニストの演奏にとても興味がありました。

もともとクラシック通ではありません。そんな私がクラシックのコンサートで眠らなくなったのは(笑)、スターンのバイオリンを聴いてからです。初めて聴いた時には、何と自然に涙が出てきてしまいました。
スターンのバイオリンは彼の心と直接に繋がっているようで、気持ちが乗っている時の音とそうでない時の音は、私にでも聞き分けられるくらい違いました。

それほど気持ちが乗っている時の音は、桁外れの波動が出ていたとでも言うのでしょうか。とにかく鮮烈な印象を植え付けられました。

クラシックコンサートは6年ぶりくらいです。
順一もソフィアの演奏に、とても感動していました。

日本でクラシックというと何か特別な分野という印象もありますが、歴史、文化の違いなのでしょうか、ソフィアの演奏を聴いていると、日々の暮らしに溶け込んだ心温まる音楽という印象でした。
そういえば、スイスのシモンもニーナも、そしてその家族の皆さんも何かしら楽器を演奏することが出来るといっていましたっけ。
ミラの演奏も素敵でした。彼女のCDのタイトルにもなっている「愛の挨拶」は、一昨年亡くなった祖母の99歳のお祝いの席で、いとこの子供のゆうこちゃんが、曾おばあちゃんのために演奏してくれた曲で、その時のことを思い出させてくれました。

芸術の秋真っ只中の昼間の公演でしたので、県内各地でさまざまなイベントや学園祭が開かれているからでしょうか、会場は半分も埋まっていませんでしたが、集まられた聴衆の皆さんの演奏者に対する姿勢は、とても真摯で、演奏が終わると、惜しみない拍手を贈っていらっしゃいました。
お陰で、アンコールに答えて、小品を4曲も演奏してくださり、とてもリッチな秋の一日になりました。
















帰りに、熊本県立芸術劇場だけで買える?「KENGEKI BRAVO」というシュークリームを買って、知人からいただいた安心院のスパークリングワイン「すぽーん」と一緒に、アフターコンサートも楽しみました。(笑)